正社員としての看護師を辞めて今日で5年が経ちました、はな(@hana8787hanae)です。
先日、知り合いがLINEが「退職前の挨拶回りで忙しい」と言っていたので、自分の退職時を振り返ってツイートしてみました。
そしたらそれが予想以上に多くの人に読まれて驚きました。
なぜこのツイートが共感を読んだのか、そして140字に書ききれなかった思いを振り返ります。
もくじ
「5年前に看護師を辞めた」というツイートはこれ。
今回のブログで取り上げたいツイートはこれです。
看護師を辞めてから今年で5年。
27歳だった自分は、
仕事に疲れて疲弊し
自分に対してポジティブな感情を持てず、
マスクの下で表情を隠し
病院では絶対笑わない看護師だった。辞めてからすぐ働いたゲストハウスでいろんな人に会って、人生の幅がパーンと拓けた😊✨
病院・職場から出るの大事🌸😆
— はな@セブから帰国!フリーランス×たまに看護師 (@hana8787hanae) 2019年3月29日
3月下旬の段階で私のフォロワー674人。
自分の中では今まででたぶん1番多い28人がいいね!してくれました。
なぜこの記事が多くの人に読まれたのでしょうか。
人は「自分と同じ状況」に共感を得るのではないか。
自分でつぶやいたときは全く意識してなかったんですけど、RTとかを見ると同じような人からのコメントが数個ありました。
コメントくれたのは全員現役の看護師さんです。
- 私も27歳で、働くのに疲れ切って転職します!←保育園ナースになるそうです
- 看護師だけが人生じゃないですよね。
- 私も看護師ですが、はなさんのようにワーホリや留学したいです。
本音をつぶやくと同じように考えている人と繋がりますね。
あー、これが「SNSで仲間を作るってことか」と思いました。
27歳で看護師を辞めた当時の心境についての振り返り
看護師をやめようと心に誓ったのは、3年目のときです。
ICU配属といっているんですが、1〜2年目は同じ部署内のHCUにいて、3年目から移動になりました。
そこでの勤務がすごくきつかったんです。
3年目だからと仕事ができると期待される。
でも仕事できない。
周りはほぼ年上で、できないとネチネチいわれる。
同期がいなくて悩みを相談できない。
悩んでいることが蓄積して、勉強が手につかない。
勉強もしたくないし、仕事も行きたくない。
「私に看護師は向いていない」
ていうか、こんな大きな病院で働くのは私に合っていなかった。
もう辞めてしまおう。
という感じで4年で辞めました。
看護師さんは辛い人間関係に悩んでいる人がたくさんいると思います。それと比べると、私のところの先輩は厳しかったけど、ただの意地悪ではなかったんだろうなとは思います。
私がいたところよりひどい話はたくさん聞きました。
でもやはり「ここは自分には合っていない」という思いが大きく、それを感じ始めてからはいろいろ頑張る気がうせました。
よい環境だったのに頑張りきれなかったのが申し訳ない気持ちは未だにあります…
仕事に行きたくないと本格的に悩みだしたのが3年目の中盤だったので、そこからやめるのを決意して退職するまでに1年以上ありました。
きつかったなあ、、、
でも「もう頑張れません」て言えなかったんですよ。
周りから期待されて、いい病院と言われるところに就職してICUという花形の場所で働いていたので、「辛いです」って言えなかった。。。
途中で辞めるというと、落ちこぼれだと思われる気がしたんです。
私は長女で昔から「妹の見本になる」ことが美徳とされていて、学校がつらくても行きたくないといえず、中学・高校は皆勤賞でした。
そういう体力と気力はあったので、仕事は辛かったですが4年間全く遅刻欠勤をせずに勤め上げました。結構頑張ったと思う。神経すり減らしてたなあ。あの頃。
目が死んでいたし、マスクを付けているのをいいことに全く表情を出さずに仕事をしていました。
今でも忘れられません。
マスクを取るのが怖かった自分。
※ICUの患者さんは意識がない人が多かったし、家族の面会時間は制限されていました。看護師の割には患者さんや家族とコミュニケーションを取る機会が少なかったので笑顔を振りまく必要がなかったのです。
当時、すごく苦手だった先輩が1人いて、その人に事あるごとに文句を言われてました。
でも、その人はその年で退職してしまったんです。
怖かったけど、自分が学んだことを私に伝えたかったのかなとも思います。
とはいえ、女って怖いですよね…その人と同じ勤務のときは「どうかあの人が生理中じゃありませんように」と願っていました(生理前にキーってなる人、周りにいませんか?笑)。
辛かった看護師時代。唯一の息抜きは、病院以外の人と会うこと。
自分でもすごいなと思うことがあるんですが、当時の私は二重人格でした。
病院→全く笑わない
病院外→友達と普通に楽しく遊ぶ
学生時代から人と会うことが好きだったので、mixi(当時流行っていたSNS)の仲良しグループの人や当時の彼氏と会うことがよい息抜きになっていました。
これができなかったら、完全に引きこもりになっていたと思います。外に出てよかった。
看護師を辞めてからゲストハウスで働いたことが、完全に人生の転機!
4年目、年度末で辞めることを師長さんに言うと、3回くらい止められました。
「ICUが働きにくいなら、別な病棟へ移動させてあげるから」
「もともといたHCUに戻る?」
「1年目からせっかくHCUで頑張ったのにもったいないよ」
「3月じゃなくて、6月まで頑張らない?そしたら夏のボーナスもらえるし」
でももうこれ以上無理だと思って3月で辞めますとつき通しました!
看護師を辞めたら全く違うことをしてみたかった私は、Facebookでたまたま見かけたゲストハウスの求人が目に止まりました。
「阿蘇のゲストハウス、ヘルパー募集」
このゲストハウスを知ったのも、もともとはmixi で仲良くなった人の飲み会へ行った繋がりです。本当に、病院外の知り合いがいてよかったなと思いますね。
その知り合いが泊まってよかったということを投稿していたので、私も1回泊まりに行きました。
宿泊したときに、他の宿泊客と鍋パーティをしたのがすごく楽しくて、始めて会う人とこんなにも仲良くなれるんだと新鮮な気持ちだったのを思い出します。
そこでの求人があったので、早速問い合わせ。
退職して少しした4/3から1ヶ月間働くことになりました。
そのゲストハウスでの仕事が、自分の人生に大きな影響を与えてくれました。
得られた価値観を要約すると「世界は広い」ってことです。
4年間、病院、いや、看護師40人程度の病棟で働いていたらその中の自分でしかいられなかったんですよね。でも病院を辞めていろんな人と関わったら、人生って人それぞれだなと思いました。
「看護師を辞めて自分はダメ人間だ」と思っていたのに、ゲストハウスでいろんな人と話しながら全然ダメじゃなかったなと感じられたんです。
与えられた仕事に打ち込むことは大切だけど、
そこだけ見ていてはいけない。
「5年前に看護師を辞めた自分」と同じような境遇の人に伝えたいこと
伝えたいのは、
「あなたがいるべき世界は、今いる病院・会社だけじゃない。だからちょっと外を見てみよう」
ということです。
なので、生き方に悩む看護師さんがいろんな働き方をしている人に出会い、自分の可能性を広げられるようなコミュニティーを作りたいと密かに考えてます!自分のいる九州で。
私の持っている看護師的コンテンツはそんなにないので、専門的なことは詳しい人の力を借りつつ、私は人集めをやりたいです。
楽しい仲間作りができるといいなあ。
仕事に疲弊している人も、ちょっと新しい人に出会うだけで可能性が広がると思います。
そういう出会いの場を形にしたいというのが2019年度の目標です!
hanablo
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