はなの看護師としてのプロフィールを紹介するよ!

海外経験もありながら、看護師の資格ももっている、はな(@hana8787hanae)です。

これから看護師ネタを書くにあたり、私の看護師人生に特化した記事があったほうがいいなと思ったので書きました。

看護学校入学から大学編入、総合病院ICU看護師→長期の派遣看護師→(海外渡航)→単発の派遣看護師(現在)のそれぞれのストーリーをお伝えします。

18歳:看護学校へ入学

本当は大学に行きたかったのですが、行きたかった大学全てに落ちたので看護学校へ。1学年の生徒数100人を超えるマンモス看護学校で3年間勉強しました。

看護学校では女子寮に入り、実習や試験勉強へのグチをこぼしながらも仲間と助け合って乗り切りました!学校には戻りたくないけど、寮生活はもう一回したい!そんな青春時代を送った3年間。

21歳:大学の看護学科へ編入学

看護学生のときの初めての実習で、看護師1年目で同じ学校卒業生の先輩と出会いました。その先輩がとても生き生きと働いており、「専門学校卒でも立派な看護師になれるんだ」と知った私は大学進学はしなくていいと考えました。

しかし、大学へ進学した高校の同級生は、サークルだのバイトだの、すごく楽しんでいました。しかも大学生活は4年間もあるので(看護学校は3年)、余裕があってうらやましいと思ったので、私もやっぱり大学に行っておこうと思い、編入のために勉強することを決意!(遊び以外にも理由はあります。それはのちほど)

忙しい看護実習の合間に週2で予備校に通ってましたね。クラスメイトが実習のことだけを考えてればいい時期に、編入試験の勉強(国家試験より少し難易度が高いくらいの試験勉強に加え、英語学習)を頑張りました。やっぱり私は大学受験に失敗したのが悔しかったので、今度こそは絶対合格しようという気持ち。

見事受験した大学2つとも合格し、晴れて大学生へ。

すでに看護師国家試験に合格していたので、大学で学ぶのは保健師になるための勉強、そして一般教養。看護学校とは一味違う「自分の考えを深めること」が重視される大学の授業に若干の難しさを感じつつも、サークルなども含めてとても充実した2年間の大学生活を送りました。

23歳:総合病院へ就職し、ICUで4年間勤務

大学であまり言われなかった気がするのですが、看護学校では「卒業後は大きな病院で最低3年は働きましょう」みたいな風潮がありました。なので、言われたとおりに総合病院へ就職しました。周りの同級生より1歳年上という理由(推測です)で配属先は希望もしていなかったICUへ。

ここ、私には合っていなかったんです。。。毎日違う病気の患者さんが運ばれてくるし(循環器、脳外科など単科ではないという意味)、タイムスケジュールを考えていても急変などで崩れるし、時間との戦いだから時には現場がピリピリしているし、、、

病院内での移動も考えましたが、そこの病院自体が超急性期で自分の性格に合っていなかったので4年でやめました。心も体も疲れ切っていたにも関わらず、よく4年間無遅刻無欠席で働けたなと思います。健康な体に育ててくれた両親には感謝!

27歳:看護師を一旦休憩後、海外留学資金を貯めるために派遣看護師へ

九州の田舎 イメージ

看護師をやめてすぐに働いたのは、ゲストハウス。医療と全く違う分野で何か仕事をしたくて挑戦したのですが、看護師時代には会うことのなかった人たちとの出会いがとても新鮮でした。ここでの出会いがきっかけでワーキングホリデーで海外に行くことを決意。行くならもう少しお金を貯めようと考えていたところ、たまたま登録した派遣会社から派遣看護師の仕事を提案され、働くことにしました。

九州の田舎にある総合病院へ。働いていた外科病棟の人間関係はとてもよく、「白衣の天使」の見本となるような看護師が何人もいました。これは、病院自体がゆったりしていたことも関係あるかもしれません。

患者さんが手術をし、リハビリをして家に帰るまでをサポートする外科看護は楽しく、やりがいをもって働けました。3ヶ月の予定を1回延長し、合計半年働いてがっぽり貯金。そして念願の海外生活へ。

28歳:フィジー留学・オーストラリアワーホリ・セブ留学で2年間海外へ

28歳で人生初の留学。そのあとオーストラリアで1年間過ごし、セブにも9ヶ月滞在しました(海外生活の話は別で)。

日本の看護師免許はそのまま海外で使えないのですが「看護師と言えてよかった」と思ったのが、ベビーシッターの仕事をしたときです。これは正確にはオーペアという名前で、現地の家庭に住み込んで子供の世話や家事をするといういわゆる専業主婦のようなお仕事。

子供(特に2歳未満の小さい子)がいる家庭で仕事をするには「日本で看護師してました!」と言うだけで親御さんに安心感を与えることができます。実際、姪っ子の世話をした経験もあったので、自信をもってオーストラリアでの子育て業務を果たしました。

31歳:日本へ帰国。単発の派遣看護師でへ挑戦

海外に2年間いると、看護師以外の働き方が見えました。その働き方にも憧れるけどまずはお金も必要!ということで、負担の少ない看護師の仕事がないかを探しました。そこで見つけたのが「派遣看護師」しかも単発OK!という仕事。

サイトに登録して面接をし、自分がやりたい仕事の求人があったときに申し込みをします。自分の予定や他の仕事のスケジュールでシフトを入れられるのでとてもありがたい働き方です。

これまでやった仕事は、

  • 健康診断
  • デイサービスの入浴介助
  • 訪問入浴
  • 障害児の放課後デイサービス
  • トラベルナース(修学旅行などの引率)

今も、フリーランス業務を続けながらときどき派遣看護師として現場に出没しています。

これを読むと、看護師になるために5年間も学校に行ったのに看護師としてのキャリアアップをしないなんて無駄だという考え方もあるでしょう。でも「自分が1番輝ける場所で、楽しく働く」という人生で大切なことをするために今までの出来事が起こったのだと考えれば、全て意味があったのだと感じます(ポジティブすぎますかね?)。

これからは、看護師という資格をプラスに捉えつつ、自分の好きなことを生かして働いて行く様子を発信できたらと思っています!よろしくお願いします^^

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hanablo

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ナースのお仕事を辞めて、海外へ。2015年9月からフィジー留学、オーストラリアワーホリを楽しんだ後にフィリピン・セブへ渡航。はじめは6週間の予定だったがセブ留学中に出会った人との縁でWEBライターやゲストハウススタッフとして働き、計3回9ヶ月滞在。その後は、日本でフリーランス&ナースとしての自由な働き方を模索している。

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ナースのお仕事を辞めて、海外へ。2015年9月からフィジー留学、オーストラリアワーホリを楽しんだ後にフィリピン・セブへ渡航。はじめは6週間の予定だったがセブ留学中に出会った人との縁でWEBライターやゲストハウススタッフとして働き、計3回9ヶ月滞在。その後は、日本でフリーランス&ナースとしての自由な働き方を模索している。